LOGINハルは回廊の影から、レオンの姿を見ていた。
中庭で貴族の子息たちに声をかけられ、彼は当然のように「ああ」と頷く。 風が吹き抜け、制服の裾を揺らす。陽光の下でも、その立ち姿だけがどこか冷たい。 その場の笑いがわずかに彼を外して広がるのを、彼自身もわかっているのだろう。ふと顔を上げ、遠くのこちらを睨むように見る。
視線が絡んで──そして、レオンが先に視線を逸らした。彼の反応は、すべてわかっている。
図書室で本を抱えたまま、ビクッと肩を揺らし、頬を染めて息をあげるあの瞬間も。 指先が震えて、視線が泳ぐ。その全部が、僕にとっては愛おしいサインだ。
一周目の君は、もっと素直だった。
夜、僕の胸に顔を埋めて、何度も「愛してる」と囁き、震える身体を預けてきた。 でも、僕を庇って死んだ。 その瞬間の姿が、今でも網膜に焼き付いて離れない。 血の匂いと、崩れていく身体の温もり。 僕の名前を最後に呼んで、息を引き取った君を、忘れられるはずがない。だから、やり直した。二周目に来た。
学園の派閥も、教師の癖も、全部知っている。 君がどこで弱り、どこで強がるかも、もう全部わかっている。 攻略なんて簡単だ。けれど、同じ道を辿らせるつもりはない。本当は今すぐにでも言ってしまいたい。
「二周目だ」「君を守る」「僕は君が欲しい」と。 だが、それでは駄目だ。 あの日のように君が僕を守ろうとすれば、また同じ結末になる。だから、教えない。
わざと追い詰めて、泣かせて、壊れるまで焦らす。 君が僕なしでは立っていられないほどになって、ようやく守れる。 それが僕の答えだ。矛盾している? そうかもしれない。
でも、壊れそうな君は、最高に美しい。 顎を掴んで震えさせた時も、鎖骨をなぞった時も──可愛くて仕方がなかった。 本当は、取り巻き達が見ている中で君を犯し、僕に堕ちていく顔を刻み付けたかった。だから今も、強がって睨んでくるその姿すら愛しい。
どうせ最後は僕の腕の中に帰ってくる。 今度こそ、失わない。絶対に。***
放課後。
俺は一人、図書室に向かって廊下を歩いていた。
突然、背後から肩を押され、狭い物陰へと引きずり込まれる。
視界の端で顔を確認した瞬間、それがノアであり、さらに両脇にサミュエルとギルの姿を認めた時、血の気が引いた。 思わず息が詰まり、胸をかきむしるような驚愕が走る。屈辱が腹の奥を灼き、怒りがこみ上げ、同時に得体の知れない恐怖が背筋を這い上がった。「黒き獅子も牙を抜かれたな」
ノアが嗤う。「今や、俺たちが上だ」
サミュエルとギルが腕と足を押さえ込む。だが、俺は黒き獅子。こんな真似に屈するはずがない。「……なめるなよ」
詠唱もなく魔力を圧縮し、雷撃を弾けさせる。ギルが腕を焼かれ、呻き声を上げた。その隙にノアの胸倉を掴み、魔力の余波を叩きつける。「ぐっ……!」
ノアが壁に叩きつけられる。「誰が好きにされるかよ!」
吠えた瞬間──ノアの目がぎらりと光った。
次の瞬間、拳が振り下ろされ、頬骨のあたりに衝撃が走る。「っ……ぐぅっ!」
殴られた側の視界がぐらりと揺れ、口の中に鉄の味が広がった。
さらに──ギルが膝を入れてきた。みぞおちをえぐるような一撃に、息が止まりそうになる。膝が折れそうになるのを、ギルが押さえつけて無理やり支える。
力が抜けていく体を、逃げられないように固定するように。「はは……それでこそ黒き獅子だ。抵抗する顔も、堕とし甲斐がある」
ノアの声が耳を舐めるように落ちてくる。「くそっ……」
その瞬間、背後からサミュエルの冷たい手が首筋に触れ、カチリと金属音がした──魔力封じの首輪が、俺の喉元に嵌められた。同時に、首筋に触れた金属の冷たさが肌を這い、ピリ、とした痺れとともに、魔力の流れがぷつりと断たれた感覚が走る。
ノアが荒く息を吐き、笑う。その声には、粘ついた欲が滲んでいた。
「前にハルにやられてた時の……あの顔、忘れられないんだよ。睨んで、震えて、必死に耐えて……最高だった。あの顔で、俺は何度も抜いたんだぜ」サミュエルが俺の手首をさらに強く締めつける。低く囁く声が耳元に落ちる。
「俺も見てた。あの時の顔が……頭から離れねぇんだ」ギルも俺の足を押さえ込みながら、下卑た笑いを漏らす。
「黒き獅子だと思ってたのに……あんなふうに涙を浮かべるとかよ。……なぁ、もう一度見せてくれよ」吐き気が込み上げる。
頬を撫でる指先がぞわりと肌を這い、全身に鳥肌が立った。(気持ち悪い……っ、なのに……こいつら……本気だ)
(本気で俺を犯す気だ)ぞっとした。
嫌悪とともに、背筋を冷やすほどの執着を感じ取ってしまう。 どれだけ抵抗しても振り払えず、押し潰される未来しか見えない。 胸の奥に絶望が広がり、呼吸が浅くなる。ノアの手が俺の顎を無理やり持ち上げた。
「綺麗だよなぁ。お前が苦しむ顔……また見たいんだよ」頭の奥で、かっと熱が走る。抵抗しなきゃ、と思っても、体がついていかない。こめかみの痛みと血の匂いが混ざり、意識が揺らぐ。
そのとき──視界の端に、黒髪の影。
扉口に立つハルが、冷たい目でこちらを見下ろしていた。──こいつが、これを仕組んだのか?
心臓が、氷の手でつかまれたようだった。
熱が、血の中から音もなく引いていく。学園祭から数日後。 午後の柔らかい光の中、レオンはソファの端で医療書を読んでいた。 静かにページをめくっていると── 隣にいたハルが、そっと肩に頭を預けてくる。「……ハル。なんでくっついてくるんだよ」「レオンが読んでると、触れたくなるんだよね」「理由になってねぇっての……」 そう言いながら、 レオンは肩をすくめて本に視線を戻す。 ──が。 ハルはレオンの腰に手を回し、 少しだけ引き寄せる。「おい……っ、お前……近いって……!」「嫌?」 低く、綺麗な声で問われて、 レオンは一瞬だけ言葉を失う。「……別に、嫌じゃねぇけど……」 その反応を見て、 ハルは満足げに微笑み、 レオンの髪を指先で軽く梳いた。 レオンの耳が赤くなる。「……ほんと、お前……」「レオンが可愛いせいだよ?」「可愛くねぇ!」 そんな、どこか甘い言い合いの最中── コン、コン。 どこか沈んだノックが響く。 二人が同時に顔を上げる。 扉を開けると、 金髪の弟──ルカが立っていた。 目が赤い。「……兄上」 声は震えていた。「ルカ。どうしたんだよ」 レオンの言葉が少しだけ優しくなる。 ルカは唇を噛んで、 ぽつりと告げた。「……父上に……期待外れだと……。兄上に負ける俺には、侯爵の座は継がせられないと……」 その瞬間、 レオンの肩がわずかに揺れた。 ──わかる。この痛みがどんなものか。 自分も、 父の期待に応え続けてきた。 誉められるため。 見捨てられないため。 自分の居場所を失わないため。 逆らえたのは、 あの日──勘当された時、ただ一度だけ。 だからこそ、 ルカの涙は、自分の過去を刺すように痛かった。「……なんだよ、それ……」 すぐ後ろで、 ハルが静かにルカを見つめる。「ここに来たんだね、ルカ。偉いよ」 ルカは堪えきれず涙をこぼした。「……兄上に……会いたかったんです……」 レオンは迷いながらも手を伸ばし、 そっとルカの頭に触れた。「……泣くなよ。 お前は賢いし、魔力も強い。 侯爵にも、ちゃんとふさわしい。 ……まぁ、ちょっと泣き虫だけどな」 横でハルが言う。「レオン。行こう」「……どこに」 ハルはレオンの瞳をしっかり見つめて言う。「ルカを傷つけた人のところだよ。 レオンは、
学園祭の照明が落ち、観客が少しずつ帰り始める。 ふたりきりになった通路で、ハルがふと思い出したようにポケットを探る。「そういえばね、ユーノが戦闘で使った触手魔法陣を教えてくれた──レオン先輩専用に調整済みって」「……は? おい、何勝手なもん渡してんだよあいつは」「あの双子、研究熱心だよね」「熱心じゃねぇよ! やめろ! 試すとか絶対──」 ハルは一歩だけ近づき、レオンの手首をそっと掴む。 その距離の詰め方が、ずるいくらい優しい。「ねぇ、レオン。ほんの少しだけ……試してみてもいい?」「だめに決まってんだろ! 何言って──」 ハルがレオンの顔を見つめる。 揺らぎも迷いもない、静かで真っ直ぐな光。「……君が好きだよ。 誰よりも君を大切に思ってる。 愛してるから、君にだけ使いたいんだ」 レオンの呼吸が止まる。「あ……っ、お前……また、そういう……」 視線を逸らして、口を噛む。「……だめだっつってんのに…… 愛してるからなんて言われたら……俺、断れねぇだろうが……」 その声は弱々しくて、悔しそうで、でもどこか甘かった。 ハルの手が、そっとレオンの頬に触れる。「じゃあ……いいんだね?」「……っ…… ……バカ。ほんとにバカだなお前…… ……好きにしろよ」 小さく呟いたその言葉に、 ハルは静かに微笑んだ。「うん。君の“いいよ”、ちゃんと受け取った」 レオンはさらに赤くなり、仰ぐように眉を寄せた。「……だからそういう言い方すんな……っ 心臓に悪いんだよ……」 ハルは嬉しそうに、指先でレオンの髪を整えた。「大丈夫。今夜は、君が嫌がることは何もしない。 でも……君が求めるなら、全部するよ」 レオンの喉がひくりと動く。「……そういうとこ……ずるい……」 ふたりの影が、暗くなり始めた学園の廊下で静かに重なる。*** そしてその夜。 ──ベッドに押し倒された瞬間、ハルのキスは許可すら与えず、レオンを飲み込んだ。 軽く触れた唇が、そのまま深く沈む。 舌が口内の奥を探り、上顎をなぞり、逃げる隙を与えない。「……っ、ん、んむ……っ♡」(ちょ……ま……っ……息……全部……奪われ……) ハルのキスは甘くない。支配だ。 唇も舌も完全に捕まれる感覚で、抗えば抗うほど舌が絡みつく。 腰が勝手にきゅっと動き、ハルの膝
その瞬間── 床の魔法陣を走っていた光の線が、一斉に逆流を始めた。 双子からレオンへ向かっていた感応ラインがふっと途切れ、 行き先を失った光は、流れを巻き戻すように方向を変え、 すべてハルの足元へ吸い寄せられていく。 まるで、重力の向きだけが静かに裏返ったかのようだった。 《感応干渉術式》──その核心が、別の一点へ強制的に移る。「っ……な、に……!?」 ユリウスの声がかすれ、ユーノが耳を押さえる。 双子の足元の魔法陣が、光の軌跡ごと裂けるように乱れ、 陣の縁ではバチッと細かな魔素が弾けた。 レオンは戦闘姿勢を崩しかけ、胸を押さえる。 ハルはその隣で、目を閉じ──静かに立っていた。 ──すべて、受け入れるように。 ハルの胸元から、淡い金の粒子が呼吸に合わせてふわりと広がる。 炎でも風でもない。 湖に一滴が落ちて、水面を静かに変えるような、濃くて静謐な波。 その波が双子の術式に触れるたび、光の筋がねじれ、 音もなく押し流されていく。 ユーノが、肩をびくりと震わせた。「……えっ、なんで……兄上……感応、ずれてるよ……!」 彼の身体を取り囲んでいた術式光が、パリンと割れたように弾け、 一瞬で逆流を始める。「反応域が……こっちに……! 偏差が高すぎる……っ!」 ユリウスの顔色が変わる。「……ハルに術式を乗っ取られている。──干渉中心が、切り替わった」 その言葉の直後、 双子を中心に回っていた光の輪がカチリと音を立てて位置を変え、 ハルの周囲で新しい中心となる環が組み直された。《感応干渉術式》の核が、静かに──しかし決定的に、すり替わった。 本来、中心にあるべきは双子だった。 レオンの心を読み、偏差を増幅させるために。 だが術式は読み間違えた。 ……想いの、重さを。 強すぎる愛が、魔術の中枢に介入した。 干渉の中心がハルへと移った瞬間── 片想いの側が、反動をまともに浴びる。「っ……あ、あああああッ……!」 最初に悲鳴をあげたのは──ルカだった。 足元の陣が暴走し、光が跳ねる。 双子からレオンに向かっていたラインが、ハルへ切り替わる瞬間、 ルカの胸に繋がっていた感応糸は、一度だけ強い震えを見せて霧散した。「やめて……♡ なに……これ……♡ 僕は……っ、兄上を……っ、ただ……♡♡」 両手が震
(兄上は、あの男に抱かれて、微笑んでいた) 胸に焼きついたあの夜の光景が、脳裏をよぎる。 首筋の痕。繋がった指。喘ぐ声。 ──そのすべてが、ルカ=ヴァレンタインの心を燃やしていた。(奪われたんだ。僕の理想も、家族も……全部) 握る剣の柄に、力がこもる。 礼式用とはいえ、実戦さながらの魔導強化剣。 構えは完璧。体勢も隙がない。 だが──心は、それ以上に剥き出しだった。 「始め!」 開戦の号令が響いた瞬間、ルカは地を蹴っていた。 剣を水平に構え、一気に距離を詰める。 その突きは、迷いがなかった。 感情のすべてを剣に乗せて――兄の心臓を刺し貫くような勢いで。 しかし──「……っ!」 次の瞬間、甲高い金属音と共に、その剣は真横から打ち払われた。 ルカの目に、冷静な蒼の瞳が映る。 レオン=グランディールは、一歩も退かずにそれを受け止めていた。「速ぇな、でも……読みやすい」 乾いた声とともに、レオンが距離を詰める。 踏み込み、低く構えた剣が、斜め下から抉るように跳ね上がる。(……読まれてる!?) ぎりぎりの防御。だが、そのまま押し込まれる。 一手、二手、三手──斬撃と刺突が、矢のように連なる。(くそ……っ!) ルカは跳び下がって体勢を立て直すが、観客席には既にどよめきが走っていた。 ──序盤、優勢なのはレオン。 動きに無駄がなく、冷静で、迷いがない。 レオンの足運びは、貴族の華やかさではない。 黙々と積み上げた者だけが持つ精度だった。 そしてレオンは、ほんの一瞬だけルカを見つめ、淡く言った。「……お前の剣。執念だけじゃ届かねぇよ」 その言葉に、ルカの胸が、ひどく軋んだ。***(──っ!?) 瞬間、レオンの視界がぐらついた。 足元が揺れたわけじゃない。 風が吹いたわけでもない。 それでも、身体の芯がぞわりと熱を持って、 喉の奥が勝手に、息を呑んだ。(な、んだ……これ……) 次の一手に入るはずだった脚が、遅れる。 剣がわずかにぶれる。 そこへ、ルカの刃が鋭く差し込んできた。「──!」 かろうじて防いだが、タイミングが合わない。 身体が、どこか……重い。(違う、これ……熱い……?) 背筋を、見えない何かが這い登っていく感覚。 肌の上に、誰かの視線が直接触れてくるような、妙な震え。
チーム戦を控えた選手専用控室の奥、誰もいない一角に魔導式の結界が張られていた。 外の喧騒は遮断され、静寂の中でいくつもの魔導陣が淡く光っている。「……ハル先輩とレオン先輩の共鳴強度、異常に高いね。過去最高。 これは……本当に確かめがいがありそうだよ、ユリウス兄さん」 ユーノが魔導晶を覗き込んで笑う。まるで遊戯の準備でもしているような、無邪気な口ぶりだった。「問題は……ふたりの感情偏差。値が大きいと、術式の負荷が一方だけに偏る」 ユリウスが淡々と答える。その指先は魔導式の再調整を続けていた。「それってつまり──愛の偏りが激しいってことでしょ? ふたりの感情が釣り合っていなければ、兄上だけがさらされる」 ユーノはそこで一度、言葉を切った。「ねえ、可哀想だよね? 愛されていない側だけが、公衆の面前でそれで──本当に感じちゃうんだから」「……それでいい」 椅子に座ったまま、ルカがぽつりと呟いた。「兄上があの男を好きなのは、わかってる。 でも……ハル=アマネがどれだけ返しているのかは、まだ誰も知らない」 指先がわずかに震え、握る拳に熱が宿る。「兄上が一方的に捧げているだけなら……それなら、まだ取り戻せる」 ルカの瞳が細められた。「だから、この術式で知りたいんだ。 兄上がどれほど心を許しているのか── そして、あの男が……どこまで兄上を愛しているのか」 拳を握る。 熱い執念が、指先に宿る。「僕は、ずっと兄上を見てきた。手に入らないものとして。遠い背中として。 ……だから、もしも──」 ルカの目が細められる。「もしも、その愛が完璧じゃないなら。──この術式が、それを暴いてくれるはずだ」「うん。壊れるか、証明されるか」 ユーノが笑う。「どっちにしても、楽しいよねぇ♡ レオン先輩の反応、ちゃんと記録するから。僕、そういうの得意なんだ」「実験は成功する。君の感情も、対象の熱も、全てデータになる」 ユリウスの指が、魔導術式の起動準備を終えた。 ──静寂の中、ルカの視線だけが、扉の向こうを見つめていた。(今度こそ、兄上を取り戻す……)*** もう一方の控室の空気は、外のざわめきとは対照的に、ひどく静かだった。 レオンは椅子に腰かけたまま、じっと手を見つめている。「……なあ、ハル」 不意に低く漏らした声に、ハルはそ
──翌朝。 レオンが教室前の廊下に足を踏み入れた瞬間、影が横切り──彼の前にすっと立つ。「兄上。昨日のこと……僕は諦めません」 声の主は、もちろんルカだった。 レオンは額に手を当て、深いため息をつく。「……ルカ……お前、めげないな……」 その横で、静かに様子を見ていたハルが口を開く。「ルカくん。君、ほんとにやる気なんだね」「当然です。兄上は、僕が取り戻します」 真っすぐすぎる視線に、レオンはぎょっとする。「は? いや勝手に決めんな──」「兄上。学園祭の推薦チーム模擬戦で、僕が勝ったら……兄上を取り戻します」 レオンはわずかに眉をひそめた。「は? お前、勝手に何言ってんだ……」「あなたは、これまで誰にも負けなかった。剣でも、頭脳でも、家柄でも。でも、もし僕に負けたら? それは──今のあなたが、間違っているという証明になります。あなたが選んだハル=アマネが、侯爵家の血を継ぐ僕より劣ると証明されれば……きっと目が覚めます」「……ふざけんな、勝敗でそんなこと決められるかよ」 レオンが苛立ちを滲ませるその横で、ハルがさらりと口を開いた。「じゃあ──僕たちが勝ったら、どうなるの?」 ルカが口をつぐむ。 ハルはその目をまっすぐ見返す。「君がレオンを取り戻す権利を賭けるなら、こっちは誇りを賭ける。君が掲げた侯爵家の重みに、ふさわしい対価を払ってもらう」「どういう意味です?」「つまり、レオンの勘当を取り消してもらう」「おい、ハル……別に、侯爵の座なんて──」 レオンが焦りをにじませるが、ハルはきっぱりと断じた。「君がいらなくても、ルカくんには失う痛みを知ってもらわないと、釣り合わないから」 しばし沈黙。 ルカは歯を噛みしめ──そして、小さく息を吐く。「……侯爵の座は、僕の一存ではどうにもなりません。でも……この戦いの結果を、父に報告します。正々堂々と勝負して、それでも僕が負けたら──父も無視はできないはずです」 こうして、血筋・名誉・そして愛を賭けた宣言が交わされた。*** 聖ルミナス魔導学園の学園祭は、学園最大の催し。 広場には特設ステージが組まれ、屋台や舞台演目、魔導技術の展示に品評会、さらには社交デビューパーティまで、多くの貴族や保護者が集う年に一度の大規模イベントだ。 中でも最も注目を集めるのが──学園選抜